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Roll'em!

アイドルを愛でたり映画を観たり自転車に乗ったりします

小説『海と毒薬』

「何です。それは」
「アメリカの捕虜を生体解剖することなんだ。君」

 

 遠藤周作著『海と毒薬』は1945年に起きた九州大学生体解剖事件を題材とした小説です。

 

 新宿から電車で1時間かかる不便な田舎町に越して来た「私」は気胸を患っている。そのため、その町の医院に週に一度通わなくてはならない。小さな医院を1人でやっている医師の勝呂はどこか不気味な男に感じられたが、非常に腕のいい医者であった。

 しかし、「私」は勝呂が戦中、生きたアメリカ人捕虜が解剖された事件に関わっていたことを知る。

 

 場面は変わり、勝呂が大学病院のにいた頃のことが語られる。勝呂の上司であるオヤジは次期医院長選挙に名乗りを上げていたが不利な立場にあった。前任の医院長が亡くなり、次期医院長を選ぶにあたって、勝呂の所属する外科は大きく2つの派閥に割れている。そこで、オヤジの一派が軍部との繋がりを強くするために持ち上がったのがアメリカ人の捕虜を解剖するという話だった。

 

というのがあらすじです。


・「私」が勝呂医師に出会い治療を受ける
・勝呂医師が解剖に立ち会うことになるまで
・解剖に立ち会った看護婦と勝呂医師の同僚戸田の手記
・解剖当日の出来事とその後

というように大きく4つのパートに分けられます。

 

 著者の遠藤周作キリスト教徒であり、この作品にもキリスト教的な考えやテーマが織り込まれているものと思われます。私自身はキリスト教に関して高校の倫理で習った程度の知識しかありませんが…

 

 この作品は「良心」とは何かを扱ったものだと私は思います。勝呂は自分の中に「良心」を持っている(と思われる)人物でした。対照的に同僚の戸田はどこか冷めていて、割り切っている人物です。

 

『本当にみんなが死んでいく世の中だった。病院で息を引き取らぬ者は、夜毎の空襲で死んでいく。』

 

 作中では、九州が空襲に晒される描写が度々登場します。

 

 戸田は勝呂に対して、

「オペで殺されるなら、ほんまに医学の先柱や。」「何をしたって同じことやからなぁ。みんな死んでいく時代なんや」「執着は全て迷いやからな」

といった言葉を頻繁に投げかけます。戸田はある種諦めのようなものを持っているように思います。

 

 しかし、戸田は自分の中に「良心」がないことに怯えています。罪を犯しても、社会の制裁に対して怯えているだけであって、心から自分の良心が傷む、自分を自分で責めるという気持ちがどうにもない。その様が勝呂と対照的に描かれていきます。

 

 読み終えて、いや、戸田も直接意識していないだけで良心はあるんじゃないのと思いました。自分がしてしまったことの重大さは分かっていて、それに釣り合う社会的な制裁に怯えているのは、直接的ではないにしろ、罪の意識があってそれを認識しているのでは?と。

 

そもそも、何かをしでかしてしまったときに「ああ、やってしまった」と思うのは、他人の目、つまりは社会的な制裁が存在することを意識するからではないでしょうか。犯罪を犯したとして、絶対に、100%、誰にも知られず、明日からの生活も何も変わらないという保証があるとしたら?誰からも責められることがないとしたら?果たして、私たちは通常の「良心の呵責」というものを感じるのでしょうか。良心というのは結局、人が元から持っているものではなくて、社会に生きる中で作られていくものなんじゃないかと思いました。誰を意識するかによって「良心」が何であるかは変わるし、何を優先するかによって「良心」のベクトルも違ってくる。

 

 どうも戸田にばかり目がいってしまったのですが、捕虜の解剖に至るまで、そしてそこに参加するまでには他の登場人物の思惑も渦巻いていて純粋にストーリーだけ追っていてもかなり楽しめます。

 

 冒頭の「私」のシーンで描かれているように、戦中暴虐の限りを尽くした人々も、戦争が終わってからは「普通の人」として生きています。その中で勝呂は「普通の人」として生きられないほどに良心の呵責を感じたままでいます。どこまで「良心」を持つのが普通なんですかね。

 

 それはそうと、夢野久作ドグラ・マグラ九州大学が舞台だった気がするんだけど、当時の九州大学医学部はそんなに怪しいイメージだったんですかね?気になります。

 

 

小説『火花』

 移動中にちょうどいい薄さ(物理)の本だなと思い手に取りました。あまり期待していなかったこともあるかもしれませんが、予想外にかなり良かったです。

 

そりゃあただ単に芸能人が小説書いたってだけで芥川賞取れないもんね…

 

あらすじ

売れない芸人の徳永は、熱海の花火大会の営業で先輩芸人の神谷と出会う。

 

破天荒でそれでいて自分の哲学を貫く神谷に強く惹かれた徳永は、弟子入りを懇願。神谷は「俺の伝記を作って欲しいねん」という申し出とともにそれを受け入れる。

 

神谷と徳永はそれぞれ別の相方とともに漫才を磨き、頻繁に会ってお酒を飲みながらお互いの「笑い」についての信念を語り合う。徳永は会えば会うほどに神谷への憧れと尊敬を強めていった。

 

次第に徳永のコンビは売れ始めるも、神谷のコンビはいつまでも売れない芸人のまま。そんな中、神谷は多額の借金を抱え姿を消してしまう…

 

 

 お話の内容はこんな感じです。

 

 まず、文章がめちゃくちゃ読みやすい。如何にも文学好きみたいなこねくり回した文章じゃない。一文一文が簡潔だけれど過不足がなくて、しっかり伝わってきて想像できる。これはもう素直にびっくりしました。先入観で今まで読んでなかったの激しく後悔しました。ごめんなさい。

 

 内容について。徳永と神谷は頻繁にお酒を飲みながら「笑い」について話合います。話し合うといっても、徳永はかなり神谷に心酔しているので神谷の哲学を吸収する、みたいな感じですが。そして冗談のような約束ですが、頼まれた伝記を作るために徳永は神谷のエピソードを律儀にノートに綴ります。

 

恋愛とはまた違う、なにか特殊な憧れと神聖視がそこにはありました。正直腐女子なので堪らなかったです。

 

 というか、こういう構造の作品がめちゃくちゃ好みだということに気づかされました。

 

主人公と、主人公が神聖視、特別視している同性の人間が出てくるやつ。

 

夏目漱石の「こころ」しかり加藤シゲアキの「ピンクとグレー」しかり。それぞれの展開とか特色は違うけど、基本的な人物の関係設定として。

 

 憧れていて神聖視していて、もはや偶像化しているからこそ、対象が自らそれに背いた時にものすごく残念に思えてしまう

 

そういう葛藤が描かれた作品がものすごく好きです。もはやそれは自分のイメージの中に築き上げられた相手を見ているだけで、相手をきちんと見ていないんでしょうけど、ある意味めちゃくちゃ純粋な好意だなと思います。

 

自分がやられたら複雑だけど。自分が女だからこそ、男性同士の尊敬、憧れといった精神的で特殊な上下関係がなにかものすごく純粋かつ美しいものに見えるのかもしれません。だって、そこに自分は関与できないから確かめようがないので、いつまでもその関係性はファンタジーじゃないですか。なにか自分が知らないような美しい人間関係がそこにはあると思いたいだけなのかもしれません。男の人はこの小説を読んだ時に、この訳わからないけど強い絆をどう思うんですかね。気になります。

 

 少し気持ち悪い視点からの感想になりました。

 

 神谷には作者の考えが、そして、徳永には作者の自意識みたいなのが投影されてるのかなーと思います。割と2人が作中でしている会話に共感する部分が多かったので個人的にはそこも良かったです。最近全然お笑い分からなくて、ピースのやってるネタもちゃんと見たことない気がするので見てみたくなりました。

 

 そうそう、奇しくも3月11日は2年前にこの小説が刊行された日です。

 

 Netflixでドラマ版が配信されていて、今年には映画も公開されるとのことなのでそっちもチェックしたいです。

 

 

 

『ラ・ラ・ランド』ネタバレあり追記

観終わった人向けに語りたいことを書きます。一回観ただけの人間なので、解釈ズレあるかもしれませんが。主にラストシーンについての話です。これから観る予定がある、もしくは観たいと思ってる人は絶対に鑑賞後に読んで下さい。

 

 

 

 

 

 ミアとセブが恋人としてハッピーエンドを迎えなかったところが本当に好きです。それどころか、あの後連絡もとらずに5年間生きてて、それがちょっとした偶然で再開する。でも、言葉を交わすこともなく、それぞれが叶えた夢を確認してまた離れていく。めちゃめちゃ現実的じゃないですか?きっと、あの後もミアとセブが連絡を取ったりすることはないんだろうなと感じました。

 

 ミアとセブは約1年間一緒に過ごしたけれど、結局あの期間も、恋人って感じじゃなかったように思います。上手く言えないけど、夢を追いかける人同士が偶然、出会って、お互いの人生を一緒に過ごすように時間が重なっただけなのかな、と。夢を追いかけてた時間を共有した仲間って感じです。ミアとセブは確かに運命の人同士で、運命的な出会いをして、それが互いの人生を良い方向に進めたけれど、恋愛における運命の人ではなかったんだなと。陳腐なストーリーなら、コテコテのフィクションなら、2人が結ばれていつまでも幸せに暮らしました、じゃん。そうじゃないところが好きです。映画だから、もちろんフィクションなのは分かってるけど、リアルだなぁと。もう凄まじく人生を感じた。

 

今まで、私が人生で行き詰まった時に観る映画が『嫌われ松子の一生』と『アウトレイジ』だったんですが、『ラ・ラ・ランド』もこのメンバーに加わると思います。しばらく、繰り返し観ると思います。

 

私よりも先に知り合いがこの映画を観ていて、感想が送られてきたんですけど、その感想がかなり自分とは違ったので、もしかするとラストシーンの解釈が少し分かれるのかもしれません。

 

もう一回観たら、また違うように思うのかなあ。

 

あと、細かいこと分からなくても楽しいけど、これはあの映画のオマージュだとか、ジャズについての知識があったらもっと面白いのかも。

 

 

映画『ラ・ラ・ランド』

結論から言うと、話題の映画なので、色んなところで色んな人が意見感想言ってるけど、とにかく気になってる人は観に行った方がいいです。

 

開幕即涙出た。

 

 映像が綺麗すぎて、音楽が良くて、

ウワ〜〜!ミュージカル!ミュージカル始まる!!!来たぞ来たぞ〜〜!!!のワクワクがすごすぎてなんか涙出てしまった。

 

 大渋滞している高速道路で、音楽が流れ出し、音楽に歌が乗って、群舞が始まり、「オラァ!ミュージカル始めっぞ!!!」とミュージカルで殴られるようなオープニングシーン。

 

主役の2人はこの大渋滞の中で出会います。もうめちゃくちゃワクワクする。前評判通り、素晴らしすぎなオープニング。カメラとか撮影の詳しいことは全然分からないけど、ぐわーっと長回し(ワンカット?)で撮影されたオープニングが本気で良すぎてもうここだけで5千円くらい払える。

 

 女優になるという夢を持ったミアと、売れないピアニストのセブはこんな感じで運命の出会いを果たします。

 

 ミアの夢は女優で、セブの夢は自分の好きなジャズを流すお店を持つこと。

 

 セブはジャズ音楽に対してかなりの拘りを持っていて、現代の音楽の流れに迎合するのではなく、自分の信じるジャズを守りたい、自分の好きなジャズを弾きたいという信念を持っています。でもそれが強すぎて、序盤で勤めていたお店をクビになります。

 

  ミアもオーディションに落ちてばかりで、ワーナーのカフェでバリスタのバイトをしながら、同じ夢を目指す仲間とルームシェアをして暮らしています。

 

 2人ともお金もないし夢が叶う保証もない。いつ運が巡ってくるのかも分からないし、そもそもチャンスなんてあるのか、という状態。

 

 そんな中、自分の信念や夢を捨てて、安定を選ぶのか、それとも自分を貫き通すのかという選択を迫られる時が来ます。

 

 ポスターやCMから受ける印象として、なんとなく、この2人のラブストーリーかな?という感じがしたのですが、あくまでテーマは「夢を追うこと」

 

 2人は「まともな社会人になって」と言われたりパフォーマンスに対して「ひどいもんだ」と酷評されたり、「(古いスタイルのジャズをやったって)聴いているのは老人ばかりで若者なんていないだろう?それで君はジャズが守れるのか?」と言われたりします。

 

 追いかければ追いかけるほど辛い思いをするし、周りからはやめろと言われる。何かの目標を持って、大体の人が選ぶような道とは違うところを目指す人がほぼ100%ぶち当たる壁ですね。(普通と言われる道を選んでもそうかもしれないけど)

 

 その壁の前で、巡って来たかもしれないチャンスをどう捉え、何を選ぶのか。

 

 自分が就活中の身であるため、異様なほどミアとセブに感情移入してしまい、途中から号泣。

 

映画が始まる前にティッシュを出しておくのを忘れていたので、コーヒーを買った時に貰った紙ナプキンで鼻水をどうにかしようと試みていたのですが、途中で紙ナプキンは完全に水没し、鼻水をどうにもできなくなりました。

 

 何もかもがうまくいく訳じゃない、というのがしっかり描かれてるのがこの映画のいいところだなと思います。お気楽!ハッピー!イエイイエイ!踊ろうぜ!みたいな感じではないです。解釈は色々あると思うのですが、ラストも少しほろ苦い感じです。

 

 現実で生きてると、いろんな人に出会って、いろんな人に助けられたり、影響を受けたりして、これが自分にとっての運命の出会いか?!なんて思うこともあるかもしれません。でも、どんな関係にある人であっても、そこで出会ってから、死ぬまでずっと、一生、絶え間なく、関係が続くかというと、その可能性はあまり高くないでしょう。良い関係であっても悪い関係であっても。あくまでも人と人との関係はその時点でのものであって、永続性は保証されない。それが要素として含まれているのが、自分の中ではこの映画の好きなところです。

 

 映像も音楽も、そして、ファッションもとっても素敵です。色彩がとっても豊かで、画面を見ていて飽きることがありません。音楽に関しては、ジャズあまり詳しくないけど好きなのですごく良いなと感じました。(ジャズ以外の曲も良い)ミュージカルも好きだけど詳しい訳ではないので、どこがオマージュでとかはほぼ分からなかったけど、そういう細かいこと抜きで楽しめると思います。

 

話題作なので、雑誌にもネットにもいろんな批評や感想、批判も沢山転がってるし、各分野のマニアの人が薀蓄や難しいこと語ってる記事が沢山あるけど、そんなの無視して観た方がいいです。

 

 とにかく、気になっているなら観るべき。

 

 全部が全部上手くいくわけじゃないけど、頑張れば良いことありそうと思えます。何か目標や夢に向かって頑張らなきゃいけない状況の人は結構励まされるんじゃないでしょうか。ご鑑賞の際はきちんとティッシュ用意して臨んで下さい。

 

 あと、めちゃめちゃどうでもいい感想として、

突然歌い出したり踊りだしたりする人とルームシェアしたくなったのでご応募お待ちしております。ピアニストも募集中です。

 

 ミュージカル観るとなんで自分はダンスできないんだろうという悔しさに襲われます。

 

死ぬまでに一度でいいので突然流れ出した音楽に合わせて踊り出したいです。夢を叶えてドラえもん

映画『ハルチカ』

昨年突然ジャニーズにハマりました。

 

突然Hey!Say!JUMPにハマり、Hey!Say!JUMPのCDを買いに行ったらSexy zoneのベストアルバムが販売されておりました。その時、ちょうど少し普段より多めにバイト代が入っていたため軽率に購入した結果、Sexy zoneにもハマりました。(チョロい)

 

上記の理由から、Sexy zoneのセンター、顔面人間国宝の異名を持つ佐藤勝利くん初主演映画である「ハルチカ」の公開を待ち望む生活を送っていました。

 

橋本環奈ちゃんのことも好きなので、ドキドキしながら待ってました。

 

ぁ゛ぁ゛〜〜大好きな美男美女がスクリーンで一堂に会してしまうどうしよう〜〜!!!!トキメキ心停止で死んでしまう〜〜!!!!就活よりも終活したほうがいいかもしれねぇ〜〜!!!

 

ところで、私は少女漫画が苦手なヲタクなので、「吹キュン純愛ストーリー」という本作のキャッチコピーに警戒していました。

 

あ、これはヤバイぞと。

 

真面目に楽器吹いてたかと思ったらいきなり勝利くんか環奈ちゃんが告白しだしたりするのではないか、と。

「おい!部活!部活を一生懸命やれ!なにやってんだ馬鹿!楽器を!楽器を練習しろ!」

みたいな展開になるのではないかと危惧していました。

 

全くの杞憂です。

全くの杞憂だったんです。いい意味で裏切られました。

 

ヲタク特有のトークで前置きが長くなりすぎました。本題に入ります。

 

この映画、吹キュンどころか、ハルタもチカも吹奏楽部の仲間も吹吹吹吹吹吹吹吹吹吹キュンくらいの割合でめちゃめちゃ真剣に吹奏楽やってました。

 

確かにキュンなところもあるんだけど、本当に真面目に吹奏楽吹奏楽部に向き合ってました。

 

突然告白したりもしないしおキッスしたりもしません。めっっっっちゃ爽やかな内容です。吹奏楽部の顧問である草壁先生(小出恵介)が熱血お説教展開とかもないです。ただただ、初心者と経験者が混ざっている部活で起こる葛藤やメンバーのぶつかり合い、日常の練習風景が丁寧に描かれていて、ものすごく好感が持てました。少女漫画チックな展開で若手アイドル出しとけみたいな映画なんだろ?と疑ってごめんなさい…

 

「恋じゃない。けど、友達よりトクベツ」ってキャッチコピー、恋愛モノじゃないことを踏まえるとミスリードくさいけど、本当にこの言葉そのままです。ハルタとチカの関係は全然恋愛じゃなくて、厚い信頼関係なんだなぁと。2人がペラペラ喋るようなシーンは意外に少ないです。チカちゃんハルタのことすぐ蹴るし、ハルタくんは結構物静かな子だし。でも、ストーリーが進むにつれて、この2人の間にめちゃめちゃ厚い信頼関係が築かれていきます。ある意味恋愛の上を行くくらいの関係が。ネタバレ避けますが、だからこそあのラストシーンに繋がるんだなあと思いました。

 

 

ラストシーンや校長先生への扱い(あんなことしたら廃部になるのでは?!)などちょっとファンタジックなところやツッコミどころもいろいろあるけど、基本的にはリアルでいい意味で地味だなぁと思います。

 

ハルタ佐藤勝利)もチカ(橋本環奈)もかなりの美男美女です。もう、スクリーン見ながらそれだけでドキドキしました。でも、スクリーンの中の2人はあくまで普通の高校生です。役所もそうだし、2人がきちんとそれを演じていて、展開もそうなっている。

 

だって、ぶっちゃけ橋本環奈ちゃんに「吹奏楽部に入りませんか?!」って お願いされたら入るじゃん。

 

バスケとサッカーで悩んでたりしてもも吹奏楽部一択じゃん。

 

でも全然そうならない。チカちゃんは普通に部員集めに苦労します。「ハルタくんって目立たないけどイケメンだよね〜」と噂されることもなければ「チカちゃんって美人だよな」みたいなのもない。

 

2人が外見の良さから所謂アドを得るようなシーン、要素が一切ない。

 

原作もアニメも一切見ず前情報なしだった自分の中では予想として、なんやかんや美人・イケメン扱いされている2人が吹奏楽を通してドキドキ・キュンキュン→僕たち付き合いま〜〜す!(ここで流れる脳内BGM 佐藤勝利ソロ曲『好きだよ』)みたいなのが展開されてたんですが、全部外れました。よかった。

 

2人も、吹奏楽部も、いろんなことにきちんと苦労しています。そして挫折もする。真っ当な部活映画、青春映画だったなぁと思います。

 

 

ラストシーン、ツッコミどころもあるけれど、そこに至るまでの過程がものすごくいいです。ハルタがあの行動をする決意をした背景を考えるとグッときました。

 

そしてこの映画の中で演奏されるオリジナル曲

「春の光、夏の風」がものすごくいいです。吹奏楽やったことないけど、この曲演奏したら楽しいだろうなぁと思いながら聴いてました。

 

ハルタ佐藤勝利くん目当てで観に行ったけど、橋本環奈ちゃんのチカが個人的にものすごく良かったです。

 

すぐ男の子のこと蹴るようなサバサバ?したボーイッシュなところのある女の子キャラって3次元にいるとイタくなりがちです。でもチカちゃん全然そんなことなくて、「え?マジで?」というくらい自然。天真爛漫で表情がコロコロ変わって何事も一生懸命でひたむき。橋本環奈ちゃんの声がベタベタの女の子ボイスじゃないのがすごくいい。ハスキーな声とチカちゃんのキャラクターがよく合ってたなぁと思います。(アニメの方は観てないので、アニメ視聴済みの人はまたイメージが違うのかも)

 

 

あとは他の役者陣の萌えポイントの話をしておくと、芹沢さん役の恒松祐里ちゃん、キツそうな美人なのに声がめっちゃ可愛いです。好きになっちゃうかと思った。そして、カイユ役の清水尋也くんはTwitterで「ソロモンの偽証の子か!分からなかった!」というようなつぶやきをいくつか見ましたが、私は「渇き。」に出てたのォ?!となりました。「渇き。」で小松菜奈ちゃんに酷い目にあわされてた子です。よいです。そしてヤンキーの宮本くんを演じている平岡拓真くんも可愛い、ヤンキー宮本くん推せます。それから、小出恵介演じる草壁先生がいい人で本当に良かった。先日観た『愚行録』での小出恵介はめっちゃ嫌な奴だったので、いつこいつが悪事を働くかヒヤヒヤしましたが無駄な心配でした。

 

ハルチカ、正直あまり期待してなかったのですが、とてもいい映画でした。メインターゲット層と思しき中高生以外も楽しめます。何かに一生懸命になった思い出が蘇ったり、あぁ青春いいなぁってなったりします。演奏シーンも素敵なので気になった方は是非、映画館のいい音響で観てください。

 

橋本環奈ちゃんはいいぞ。

映画『彼らが本気で編むときは、』

この世に神がいるのなら、この映画を観る直前に映画館の前でスカートを履いた中年のの男性とすれ違ったのは偶然ではないでしょう。生足のようにお見受けしましたが、風邪などひいていませんか?

 

生田斗真MTF(体は男性だけれど心は女性)を演じている映画です。

 

小学生のトモ(柿原りんか)の母親はシングルマザー。ネグレクト気味でついにどっかよそに男を作って出て行ってしまいました。トモは母の弟で書店員のマキオ(桐谷健太)の元で生活することになります。ところがマキオは恋人と同棲していました。その恋人というのが介護士のリンコさん(生田斗真)。元男の現女性です。この3人の間やその周辺で起こることが描かれます。

 

開始数秒でまず生田斗真が男だということを忘れます。

 

劇中で手の大きさなど、性転換手術済みのリンコさん(生田斗真)の体が男性だったときの名残について言及されるシーンがあるんですが、

「は?でもリンコさん女だよ?🤷‍♀️」「うるせぇリンコさんは誰よりも綺麗な女の人だぞ💢💢💢」としか思えなくなります。

 

リンコさんが初対面のトモちゃんに

 

「両方に200ccずつ。Eカップ!触ってみる?…どうぞ?」

 

というシーンではなぜかめちゃめちゃ興奮してしまったし、観終わる頃にはすっかり生田斗真ママの元で暮らしたい以外の感情が失われていました。

 

リンコさんは所謂バブみの権化です。優しく、母性に溢れ、美しく、それでいて強くて可愛い。プリキュアかよ。

 

リンコさんは誰よりも優美な女性ですが、体が元男なのでそれを変だという人もいて、いろいろ悲しい目にあったりもします。その悔しい気持ちや辛い思いを1針1針編み込んでリンコさんは劇中であるものを作っています。リンコさんはそうやって自分の感情を抑えているので、自分が不当な扱いを受けた時も声高にそれを叫ぶことも暴れることもありません。

 

というか、この映画はFTMであるリンコさんをこう扱うべきとか、差別はよくな〜〜い!みたいなことを主張的に描くシーンもセリフもありません。

 

いろんな人がいて、それぞれ関わり合いながら生活している中で起きていくことが描かれているだけです。だから、どのシーンもすごく自然で、抵抗のある描写がなかったように思います。出て来る人たちもその雰囲気にすごくマッチしていて演技臭さみたいなものが全然ない良い映画でした。

 

観終わった後に、なんとなく日頃モヤモヤしていた気分とか悩みが解消されるような気がしました。なにかその気分や悩みに直接合致するようなことが出てきたわけではないんですけどね。わざとらしさや押し付けがましいところのない、優しくて素敵な映画だったと思います。

 

生田斗真のバブみにふれたいとか、LGBTの話題に関心のある人にはオススメです👏

 

映画『愚行録』

最近スクールカースト「マウンティング」なんて言葉がだいぶメジャーになってきましたけど、皆さんはそういうの意識する方ですか?

 

リア充とかキラキラ✨とキョロ充とか底辺🙏😇の違い気にして生きてます?自分より高い階級の人が羨ましくてしょうがなかったり、疎ましかったりしますか?恋人がいる人が妬ましかったり、美人💃やイケメン🕺をどこか目障りに思うことはありますか?

 

別に自分とその人が仲がいいなら気にしないかもしれません。でも、一見仲良くしていても自分が相手に踏み台にされている、利用されていると感じたら?嫉妬が強烈な恨みに変わることもあるのかもしれません。

 

キラキラグループにいる人が羨ましいとか、自分はどちらかといえば低い階層にいると意識している人はこの映画がめちゃめちゃ面白く観られると思います。

 

週刊誌記者である田中(妻夫木聡)は名門私立大学出身の田向夫婦とその子供が惨殺された事件を追っています。田向夫婦は経歴も人柄もよく、絵に描いたような幸せな一家と思われていました。しかし、田中が田向夫婦の大学時代の知り合いにインタビューをしていくうちに、田向夫婦それぞれの人間としてかなり汚い部分が明らかになっていきます。様々な方面から恨みを買っていて、誰に何をされてもおかしく無いと思っている人物すらいるのです。田向夫婦を殺したのは一体誰なのかーーー?

 

というのが大体のあらすじです。物語そのものはミステリーなのですが、田向夫婦の大学時代の知り合いである稲村さん👩🏻(市川由衣)の「日本は格差社会じゃなくて階層社会なの。田向さんはそのことに気づいてたと思う」という台詞に端的に現れているように、テーマは『階層』だと思います。

 

階層社会の中で成り上がるために人を利用したり利用されたり、ということがこれでもかというくらいに描かれています。

 

観ている間ずっと😨😨😨😨って表情をしていました。観終わった後は😫😫😫😫って感じです。

 

役者陣が豪華だなっていうのと、自分好みの後味悪そうな作品だなという印象だけで前情報ほぼなし、原作未読で観てきましたが予想通りのえぐさに満足しました。

 

いくつか謎のまま終わった点もあるので原作も読んでみたいと思います。役者陣の演技も物凄くよかったです。田向(妻)、カースト低層の私からしたらめちゃめちゃ嫌な女でした。

 

映像に関しては、光の使い方がすごく上手で印象的なシーンがいくつかありました。田中(妻夫木聡)の妹役の満島ひかりが出ているシーンはすごくよかったです。

 

観終わった後に本屋で原作本の帯見たら「人間の愚行のカタログ」とか書いてあって「ほ、ほんとそれな〜〜😂」以外の感想がなかったです。

 

もし観た人いたら、謎のまま終わったポイントについて話したいですね〜